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Feb 27, 2008
この国の仕組み

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救援新聞2008年1月25日(第1558号)
「日本国憲法ってすばらしい(19) 第19条・思想の自由」より一部転載

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戦前の弾圧

~~~中略~~~

1894年の警視庁視察人偵候内規に始まるといわれる思想統制の動きは、「共産主義思想」、「社会主義、社会民主主義思想」を持っている者などを「特別要視察人」として張り込み、監視、尾行、の対象としたのでした。それだけではなく、警察は、「特別要視察人」と目さない者でも、要注意人物とした者を監視し、その者が、どこに行き、誰と会い、何を書き、読み、どんな活動をし、どこからお金を得ているか、そして凶器を持っているか等に注意して、その動静探知に務めていたのです。ですから、たとえ違法行為・犯罪行為をしなくても、国民のすべてが「思想」について、日常的に常時権力の査察にさらされていたわけです。さらに、1925年(大正14年)に治安維持法が成立すると、条文の上では一定の行為を処罰することになっていたにもかかわらず、その運用においては、どんどんと拡大解釈され、行為に至らない内心の思想までを犯罪として追求することに力が注がれたのです。
これらのことは、国家権力が国民の思想への介入を公然と行ってなんらはばかることがなかったことを示すと同時に、内面の思想をも処罰していたことを示すものです。

~~~中略~~~

戦後の状況

それでは、日本国憲法の定める思想の自由は、十分に保障されているのでしょうか。たしかに、明治憲法下のようなあからさまなやり方での思想の自由の侵害を国家が行うことはなくなったかのようです。しかし、実際には数々の事実が思想の自由の侵害を物語っています。そのやり方は戦後初期のレッド・パージを除けば、巧妙で間接的なものになったといえます。ひとつは、公務員などという職務の特殊性を理由にするものであり、もうひとつは、国家権力が直接手を下すのではなく社会の支配的勢力(大企業など)が思想差別を行うというものです。

~~~中略~~~

さらに問題にしなければならないのは、なかなか目には見えませんが、国家権力の行為として、警備公安警察や公安調査庁が思想調査という違憲・違法行為を行っていることです。最近、陸上自衛隊情報保全隊がイラク戦争に反対する運動などを敵視し、国民を監視していた事実も明らかになりました。
日本国憲法の下でも、国家権力は、自らに都合の悪い思想を有している者に対する調査を行っているのです。そして、時には大企業と連携し、嫌悪する人たちを排除しようとしているのです。

~~~中略~~~
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「戦後の状況」で「あからさまなやり方での思想の自由の侵害を国家が行うことはなくなった」とありますが、必ずしもそうとはいえません。孤立無援の一国民であれば、管理人の場合のように、有形無形の圧力をくわえながら挑発してくる場合もありえないことではありません。挑発に乗ってしまうと「措置入院」という運命が待っています。生涯薬漬けという措置を免れ、運よく娑婆へ生還できたとしても、これ以降なんらかのレッテルがついて回るのではないでしょうか。就職には不利に作用するのでは。この辺に公権力のネライがあるように思えます。

つまり社会的な抹殺ですね。全国各地で陰に隠れながらさまざまな形で公権力の弾圧が進行しています。当然、マスコミの報道は期待できません。ネットに情報を開示しない限りこの事態が一般国民の目に触れることはありません。明日はわが身。国民一人ひとりの思想調査が実施されているのです。公権力にとって好ましくないという理由だけで人生が思わぬ方向へ展開し始めます。気が付いた時点ですでにアウト。社会的にも肉体的にも抹殺される運命が待ちかまえています。水面下で事が進行していますから、注意しても予防措置を講ずることはできません。見ざる・聞かざる・言わざる。これが一番です。私たち日本人は北朝鮮を彷彿とさせる恐怖社会に生きているのです。



Posted at Feb 27 2008 07:32 | Comment(0)